雪にねがいを。
次の日、目が覚めるとマルコはもう隣にいなかった。
むーと頬を膨らませてまたぼすんとベッドに寝転がる。だけれど、ぐーとお腹が鳴った。
「お腹すいた……」
体は正直だ。もうお昼近いのだろう。今日はサッチが食事当番じゃないのか、寝ている間に部屋の机にいつもそっと置かれている食事のトレーはなかった。
「んー」
少し迷ったが、空腹には勝てない。むくりと布団から起き上がると、吐く息が少し白い。長袖シャツにハーフパンツ、もこのこのついたブーツを履いて、ウサギのみみのついたケープを着込むと部屋から廊下に出た。
予想はしていたけれど、食堂にたどり着くと、人に囲まれてしまう。
「あー、もう、うぜえ!」
「そんな言葉遣いすんなよ、かわいいのに〜」
「エース隊長、写真撮ってもいいか?」
「だめ!!」
怒りながら食事のトレーを受け取って席に座る。スープをスプーンですくって口に運んでいる間も、周りに人がいてこう見られていては落ち着かないことこの上ない。
「……おまえら、散れ」
静かな怒りを含んだ声が聞こえたかと思うと、回りが少し静かになった。
「……イゾウ」
ガタリ、と大きな音を立てて目の前にイゾウが座る。手にはトレーを持っている。彼も昼食なのだろう。
「エースくん、大変だなぁ?」
イゾウはその内容に反して、ニヤニヤと楽しそうな様子だった。そんな男だ。解ってた。みなを散らしたのも、俺を助けると言うより、大方自分が通るのに面倒臭かったからじゃないかと疑いたくなるくらいだ。
「うるせえ」
「あー、ほんと可愛くねえ口だな」
「中身はそのまんまなんだよ」
「知ってる」
「……」
もくもくと食べ物を口に運んでいると、彼がくくっと笑った。
「でも俺は、もっと不機嫌な奴を知ってるぜ?」
「え?」
「なあエース、おまえ隠し撮りいっぱいされてんの知ってるか?」
「は?ああ、まあ……」
なんとなく、子どもが珍しいんだろーとか、二番対隊長がこんななのが面白いんだろーとか、写真を撮られているのは解っていたけれど、娯楽も少ない船の中だ。気にせず放っておいていた。
「その写真が裏で回されてんのも?」
「……なんだそれ」
そのことばにきょとんとしてイゾウを見た。彼がニヤリ、と笑った。
「そんで、その写真を全部回収させられたのも?」
「……え?」
「イゾウ」
割り込んだ声にびっくりしてそっちを見ると、仕事中だった筈のマルコがいてびっくりした。
「マルコ?」
「エース、そのトレー持って部屋に戻って食え」
「……いいだろ、別に。この後、出たついでに風呂も入りてえし」
「我慢しろ」
「なんでだよ」
「……」
「まあまあ、痴話げんかすんなよ。周りが凍ってんぞ?」
イゾウの言葉に、周りがやけに静かな事に気づく。
そして、ちらちらとこちらを伺われているのも。それはやはりあまり気分がよくなかった。
「……これ、食ったら戻る」
素直にそう告げると、マルコは無言で食堂を出て行った。
「……騒ぎを聞きつけて来たのかねえ」
イゾウがぽつりと呟く。
「え?」
「最近ずっとおまえ、部屋に閉じ篭りっきりだったろ? この船の人数だ、しかも上陸はまだ暫く先で暇と来てる。写真と噂だけ一人歩きして、見たことねえ、見たいって奴がいっぱいいるんだぜ」
「……なんだそれ」
「……恋人なら、わかるだろ?」
「……わかんね」
イゾウの言っている意味は解るけど、それはどうしてもマルコには符号しなかった。あんなしれっとした男が? 違うだろ。
とりあえずさっさと食べ終わると、おやつをたんと貰ってとっとと部屋に戻った。
部屋には、自分でも読めそうな本や、珍しいカードゲームなどがたくさん置いてあった。
夜、マルコは戻って来なかった。聞きたいことがあるのに、と思いながらも結局そのままうとうとと眠ってしまった。
目が覚めると、隣でマルコが眠っていた。窓の明かりの様子から、まだ朝早いのだろう。目が覚めるなんて珍しい、と思いながら、そっと身を起こして、その顔を覗きこんだ。
本当に珍しく、彼が起きる気配はない。無防備な寝顔をじっと見ていると、やっぱりじんわり、好きだなぁと思う。
少し考えると、かがみこんで、そっと静かに唇に触れるだけのキスをした。ゆっくりと顔を離す。彼はまだ寝てる。ほっとした。そして、ひさびさにキスだな、と思った。
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