黑猫寫眞館

黑猫寫眞館〔17〕

サボの屋敷に着いたとき、静まり返った屋敷の前でサッチが手招きしていた。
彼はマルコに淡々と全てが順調に終わったことを告げた。
「終わったって……どういうことだよ、サボは？！」
思わず会話に割り込みサッチに詰め寄る。大声をあげた自分を、マルコがぐいと引き寄せた。どすんとその胸に背がぶつかる。
「マルコ……」
見上げると、彼がふっと息を吐いた。
「いいから、大丈夫だからよい」
「え？」
「エース、とりあえずこっちに来い」
「……おう」
マルコにぎゅっと手を握られ、屋敷の中に入る。
「今回の件は、そもそもサボの協力を得て行っていることだ」
「え……？」
「だから、今すぐサボに会える」
「そう、なのか」
あまりに急な話に戸惑いながら、引かれる腕に黙ってついてゆく。

彼は迷いなく屋敷の中を歩き、ひとつのドアの前でぴたりと止まった。
「エース、入れ」
「うん」
そっとドアを開くと、そこにはサボが座っていた。
「……サボ！」
「エース！」
彼は振り向くと静かに笑った。彼はいつもと同じ、ぴしりとした白いシャツにリボンタイ、ハーフパンツのきちんとした服を着ていた。
痩せてもいないし、ちゃんと明るい笑顔にほっとする。
慌てて駆け寄ると、彼も椅子から立ち上がった。その手をぎゅっと握る。
「……よかった、サボ、やっと会えた」
「エース、ありがとう。心配掛けたな」
「いや、でも、連絡取れなかったからちょっと心配した」
「……全部、監視されていてね」
「……そっか」
「俺は出てるよい」
マルコがそっけなくそう告げた。
「……ありがとうございます、マルコさん」
サボがさらりとそう返事をする。
マルコが部屋を出たのを見送って、サボに問う。
「……マルコと知り合いなのか？」
「いや、今回の件に、協力したから顔見知りになっただけさ」
「……そう、なのか」
「うちの家は、まあ、いろいろ酷くてね……それが悪い事だと解って欲しくて……変わりたくてね」
「うん」
「……まあ、まだ時間はかかりそうだけど、これは第一歩って事で。俺は諦めないで頑張る」
「でも、サボの立場は大丈夫なのか？」
「うん、マルコさんがいろいろうまく立ち回ってくれたからね。俺が協力者だとは知られていないから平気だよ。財産はたくさん失ったけど、俺はそんなのいらないしね」
「……そっか」
「でも、権力がないと、為せないこともある」
少し低くなった彼の声にこくりと頷いた。
「……うん」
「だから、俺はもう少しこの家で頑張ってみるよ。だけど、今までよりはもっと自由に生きる。だから、もしかしたら追い出されるかもしれないけど、それも覚悟の上だ」
彼が明るく笑うのに少し頷いて、ぎゅっと彼の手を握る。その決意を知って、それを眩しく思った。
「俺は、応援してる」
「うん、ありがとう」
たくさん迷って、だけれど、ひとつだけ、どうしても。
「サボはもう……帰って来ないのか？」
少し声が震えてしまった。彼はいつものように明るく笑うと、ぎゅっと強く手を握り返してくれた。
「エース、おまえは一人でやれるよ。教えられることは全部教えたし、写真のセンスだって、もう俺をずっと超えていってしまってる。技術は教えられるけど、センスはそうはいかない。おまえにはセンスがあるよ。協力できないのは、ちょっと、淋しいけど……」
「……俺は」
「エース」
「……大丈夫、わかってるよ、サボ」
そう答えるとにかっと笑い返した。
「でもまだ、友達でいてくれるんだろう？」
そう告げると、彼がぱしっと軽く肩を叩いて笑った。
「バカ、当たり前だろ！」
「うん、よかった」
すうとドアが開く。マルコが静かに室内に入って来た。
「時間だよい」
くるりとサボがマルコに向き直った。
「マルコさん、色々ありがとう。エースをよろしく。俺は、だめだから」
「……」
「……まあ、ちょっと違うものがあるのかもしれないけどね」
彼のその言葉の意味を少し考えたが、彼が明るく笑って退出を促す。
「ほら、エース、帰らないと家の奴らが起きて来ちゃうぜ。俺も、寝てたふりしないと」
「おう、また会えるか？」
「うん、これからは、自由にやると決めたから。もっと連絡するな。約束」
「楽しみにしてる」
差し出された手をもう一度ぎゅっと握って離す。
ひらりと手を振ると、そのまま振り返らず部屋を出た。
「エース」
「……」
「こっちだ」
彼には自分の顔を見られたくなくて、下を向いたが、ぎゅっと手を握られると、そのまま外まで一緒に歩いて出た。