黑猫寫眞館

黑猫寫眞館〔15〕

を引かれたまま食堂らしき場所を抜けた。天井の高い廊下に出ると、彼がぱっと手を離した。
触れられていたところがなんだかまだ熱い気がする。さすっていると、痛かったか？と問われた。
「……いや」
「じゃあ行くぞ」
そう告げると彼がすたすたと廊下を行く。通り抜けて来た工場のような建物とは違い、先ほどの食堂もここも、しっかりとした造りの洋風の美しい建物だった。
先程の広い食堂らしき場所は、木でできた柱に繊細な細工が施され、天井は高く、白い壁は年月の流れを感じたが、丁寧な造りである事を感じた。そしてこの建物のまっすぐ続く廊下も、木の床が見事に磨かれ、つるりと美しく窓から差し込む光を跳ねている。少し高い位置にずらりと並ぶ窓は全て擦りガラスであるが、桟に細かい花の細工がなされ、古い金属の鈍い光を見せている。反対側の壁は先程と同じく白い塗りで、等間隔にしょくだいらしき金属の細工が施されていた。
そのままマルコについて暫く行くと、大きなドアの前で彼がぴたりと立ち止まった。それは、一目で特別だと解る豪奢な装飾がなされている扉だった。
マルコがゆっくりとノックをする。
「オヤジ、入るよい」
彼はそう告げると、ギイ、と静かにドアを開いた。
少し迷ったが、マルコに続いて室内に入ると、奥に大きな大きな椅子が置いてあり、大きな大きな男が座っていた。
「……！」
「おまえがエースか」
グラララ、と彼が笑うと地面が震えた。
「エース、オヤジの近くに」
背を押されて、のろりとその前に歩み出た。目が、彼から外せない。警戒が解けない。彼があの名高い白ヒゲなのだと、すぐに解った。
だけれど、優しく強い目をしている、と思った。
「エース」
目の前に立つと、彼がゆっくりと壊れ物に触れるように手を伸ばして来た。
くしゃりと髪に触れた手が、ただ暖かかった。ぐしゃぐしゃと撫でられると、体がぐらぐらしたけれど。
「こんにちは、初めまして」
そう告げると、彼がグラララ、とまた笑った。
「白ひげの奴らは、みんな俺の息子だ」
彼がゆっくりとそう告げた。少し頷く。
「マルコもサッチも俺の大事な息子だ」
また少し頷く。
「おまえも俺の息子になれ」
彼がはっきりと告げた言葉にどきりとした。
「……」
「エース」
やさしく名を呼び、ぐしゃぐしゃと撫でられて、体が揺れる。だけれど、少しも嫌じゃない、と思った。
ぺこり、とお辞儀をすると、くると踵を返した。
「待ってるぜ」
その背にその声が暖かく届いたが、何も言わず、退室した。
そのまますたすたと廊下を元来た方向に歩く。
同じく退出して来たのだろう、マルコらしき足音が後ろから近づいて来る。
俯いたまま、ふと足を止めた。
「エース？」
追いついたマルコが、少し不思議そうに名を呼んだ。
「マルコ、俺は……」
「マルコ」
少し遠くから、不意に女性の声が割って入った。
はっと顔を上げると、美しい女性がカツカツとヒールの音を立ててこちらに近づいて来ていた。かなりタイトなミニスカートだがナース服のようだ。
「今、話しかけてもいいかしら？」
「ああ、構わないよい」
「薬のことなんだけど……」
こちらを気にしてか、少し小声になった彼女がマルコに一層近づく。
マルコもその行為を気にしていないようで耳を近づけて頷いていた。
女性はここ専属の看護師なのだろうか。そう言えば、白ヒゲの周りにはそれらしき世話をしていた女性が数名居た事を思い出す。
「……じゃあ、マルコよろしくね」
「わかったよい」
彼女がにこやかにそう告げるとまた素早い足取りで戻って行く。おそらく仕事なのだろう、と思う。
だけれど胸がちくりと痛かった。
マルコがこちらを向いた。
「エース」
彼が手を伸ばす。その手をするりと避けて後ずさった。そしてぶるぶると頭を振った。

彼らがこの盗賊団を、オヤジと呼ばれた人物を、本当に信頼しているのは、よく解った。
暖かい。此処に有るのはおそらく自分が焦がれて止まなかったものなのだろう。だけれど。
「俺は、ここには居られない、ごめん」
そう告げると、踵を返して走り出した。