黑猫寫眞館

黑猫寫眞館〔13〕

目が覚めると、窓が眩しかった。瞬きをして、ゆっくり目を開ける。
開いたままのカーテンから窓越しに空が見える。窓の外は快晴だった。古びた窓の装飾を、朝日が明るく照らしている。小鳥が音もなく四角い空を横切ってゆく。
ふと、あの工場で見た空を思い出す。
あの時は、ただ切なく、自分はこの世にひとりだけ生きてるような気持ちになった。
だけど、今は少し違う。不思議な気持ちだった。
シャワーを浴びると朝食を作る。いつも食事はたっぷり。それが自分の日常だった。
だけれどここの所あまり食事を摂っていなかったように思う。恋煩いってやつか、と思ってから少し笑った。

待ち合わせは前回と同じ場所だった。
現れた彼は、この間とは違う服装だがきちんとしたシャツに細いネクタイ、細かいチェックのラインの綺麗なパンツで、やはり正装のように見えた。
黙って見つめあうと、このあいだの夜を少し思い出した。
だけれど今日は陽の光が降り注ぎ、自分も彼も明るくきらきらと照らしている。
なんだかそのような思考はそぐわないそうな不思議な気持ちだった。
踵を返し、静かに歩き始めた彼の背についてゆく。
扉をくぐり工場の中に入る。静かに中を移動して、また無言のまま彼の後をついてゆく。
だけれど今日はこの間とは違う気持ちだった。違う気持ちで彼の背を見詰めてゆっくり歩く。
整然と並んだ大きな窓から斜めに日が差し込んでいた。その横を静かに歩いてゆく。
少し前を歩く彼に、静かに日差しが降り注ぎ、足元にはくっきりとした影が床に落ちていた。
ふと、足元のタイルのひび割れた隙間に、小さな花が咲いている事に気付いた。白く小さい可憐な花だった。
こんな所に水があるとも思えず、大丈夫なのだろうかと思うと、思わず立ち止まる。
以前から咲いていたのだろうか。このあいだは、そんなことに気付く余裕はなかった。
座り込み、じっと見つめると、前を歩いていた彼も立ち止まったのを感じた。
どうした？
「……花、咲いてる。水もねえのに」
そう告げると、彼がふ、と笑う気配がした。
「こないだ、おまえは空ばっかり見ていたねい」
静かにそう告げられ、顔を上げる。
光の射し込む方を見詰める。少しくすんだ窓硝子は、ずっとそこにあり少しも変わらないかのように静かに外の景色を見せていた。窓の内側ではまるで時が止まったように静けさに満ちていた。薄暗い廃工場の曇った窓越しに凛と澄んだ青空が見える。
「……綺麗だ」
「綺麗だけどよ、そればかりに気を取られていたら、足元の花を見落とすよい」
「でも……」
小さく告げると、彼が少し首を傾げた。
「ん？」
「いや、なんでもねえよ」
立ち上がり、また歩き出す。

ひとつめの工場を抜け、扉を出るとそこは中庭らしき場所で、細い通路が次の建物へと続いているのが目に入った。
それは雨を避けるためだろうか、レトロな細く白い柱と深い緑色の屋根が隣の建物の入口まで続いている。柱の影が長く地面の延びていた。まるで小学校の渡り廊下のような様がなんだか懐かしく思う。
その廊下をゆるゆると歩きながら、その背にぽつりと問うた。
「なあ、マルコ」
「なんだ」
彼が振り向かないまま答える。
「どうして、そんなきちんとした格好をしてるんだ？」
「オヤジに会うからだよい」
「……オヤジ？」
「来ればわかる」
彼はそう告げると、ぴたりと扉の前で歩みを止めた。
次の建物は工場ではないようだった。古い洋風建築の建物。その入口の扉は打って変わってしっかりとした造りの木で出来ている。あちこちが真鍮の細工で飾られ、取っ手も同じく真鍮製のようで、細かな細工が施されている。
随分と使い込まれたような様であるが、少しも錆びていない所に違和感を覚えたが、何も言わないでじっと彼の背を見詰めた。
彼は少し息を吐いてから、ギイ、とその扉を開いた。