黑猫寫眞館

黑猫寫眞館〔9〕

最初、依頼を受けた時は、多少面倒くさいという感情が湧いた。

しかしそれでも仕事だ。その感情は勤めて表には出さず、内に留める。
マルコはずっとそのようにして仕事をしてきた。仕事となると感情は置き去りにするのが常であった。
今回の依頼は簡単、奪われたものを取り返すだけ。しかし相手は悪どい事を生業として成り上がった一族である。セキュリティ面は完璧。しかし、内通者がいるのでそれらを制するのは容易いだろうと言う見解であった。
今回、なによりも面倒だと感じたのは、内通者は一族の跡取りの子供という点だった。
年端の行かない実の子供が裏切らなければならない環境と言うものには素直に不快感を覚えたし、その子は以前勧誘対象に挙がっていた子供で資料を読む限りかなり利発で素直な子供であることは解っていた。
「あの子がねえ……」
新たに渡された資料を読むとため息が漏れた。
資料を読む限り子供は一人。一緒に対象者に挙がっていた子の名はなかった。
「……ちょっと気になってたんだけどねい」
そうつぶやいた声を聴く者はいなかった。

少年と対面し、作戦の打ち合わせをする。そのサボという少年は、資料と予想の通り、利発で素直、しっかりとした少年だった。
一通り説明を終えると、彼の話を聞いた。
少年は何でも素直に話してくれたが、その友人の話になると、少しさみしそうな目をした。
そして聞いた話は少し切ないものであった。
彼は幼い頃に両親を亡くしていると言う事。父親が世界的な大悪党だったため、
その名を聞いて驚いた。何度もオヤジが煮え湯を飲まされている相手だったからだ。自分も数度対峙したことがあった。気だけで圧倒されるような、大した男であった。
しかしその彼の死を聞いた時、少なからず憎しみだけではなかったことも思い出す。いずれにせよ、全て過去の話だ。
彼はそのような身の上で、疎外され疎まれ生きて来たことは想像に難くなかった。
しかし、子どもに罪はない。それはマルコは常々思っていることであった。
目の前の少年に対しても、そう思う。
オヤジはいつも言っていた。子どもは宝だと。みな平等に笑う権利があるのだ、と。
そんな風にたくさんの苦労を抱えて、その子はどんな風に生きているのだろうか。
写真の少年は、少し不安げで、だけれど好奇心の強そうな、強い瞳をしている。
尖った印象を頬のそばかすが和らげているようで、少し愛らしく見えた。
そのエースという子に、興味を持っている自分に気付いた。

だから、そのエースという子を勧誘するという話が上がったとき、自分が担当すると名乗り出たのは当然の流れであった。
初めは、彼の周囲をそっと探索した。
なんと説明していいか解らぬが、自分にはある能力があった。それは少し特殊なもので、なんというか、鳥のようなものに変化できるのである。
この能力を使って仕事をこなすのは容易く楽であるが、便利に使われるのは気分が悪いため、滅多に人には見せない。
しかし彼の前から消えるのも現れるの容易なのはこのためだ。
とりあえず、彼の自宅兼職場の写真館の前の大きな木の上に陣取り、彼を観察することにした。
彼はいつも笑顔で、客に対しても素直で明るい様子だった。
彼は良い意味で予想と大きく違っていた。くるくると変わる表情に、綺麗に筋肉の乗ったすらりとした肢体。
少しそそっかしいところがあるが、照れて笑う顔も可愛い。その明るい様子に、少しほっと息を吐いた。

ある日、杖をついた男がひとり現れた。老齢のその男は、室内に入ると、出迎えたエースを罵倒した。
どこからか彼が、かの男の息子である事を聞きつけて来たようであった。
エースはどこか諦めたような、まるで他人事のような態度で、男を諌めた。だけれど男は諦めず、とうとう杖を振り上げて彼を打とうとした。
彼の出方を見ようと思った。だけれど垣間見たエースの目の奥底に、暗い炎が燃えているのに気付いた。
途端、体が動いた。それはかっとなった、と言うのに近かったと思う。
窓から飛び込み、瞬時に人に戻り老人を容易く気絶させると、エースも直に腹を打って気絶させた。
エースをソファに寝かすと、店にはカーテンを閉め、鍵を掛け、外出中の札を出しておいた。
電話を掛け、老人は仲間に任せることにする。記憶の操作などたやすいものであった。
すぐさま現れた仲間に老人を引き渡すと、エースを一瞥する。
彼は変わらず気を失っているようであった。
彼の目の奥の炎を思い出す。
彼はもう、ずっとこのような扱いを受けながら、感情を押し殺していたのだろうか。
そう、彼は諦めているわけではなかった。ずっと、胸の奥に怒りを抱いていたのだ。

それはなんと、切ないことなのだろう、と思った。