あおいとり ことり〔11〕




少し会議が長引いてしまったが、慌てて保健室に行くとそこは無人だった。
「……?」
少し考えて、今度は駐車場に向かう。時間も場所も約束しなかったが、彼とはいつもスムーズに会うことが出来た。
タイミングが合う。それは恋人としてはすごく重要なことだと思う。
そう思ってから、すでに恋人気取りの自分に少し失笑した。柄にもなく、浮かれているのだろうか。

広い駐車場からは空がよく見えた。
いつかの空のように、赤い夕暮れが広がっている。天辺の濃い青から、低くなるにつれて美しく明るい橙色が雲を鮮やかに染めて広がっている。
止まっている車のガラスにも鮮やかに映し出されている。
端に止めた車に、凭れて空を見上げている影がぽつんと見えた。
「……こんなところで何してんだよい?」
近づくまでずっと背を向け、空を見上げていた彼にからかって告げたが、こちらをくるりと見た彼はにこっと笑った。その黒い目にも、美しく夕暮れが写りこんでいた。
「夕暮れ見てた!」
そう告げて鮮やかに笑う。
「そうかよい」
その素直さに毒気を抜かれた気持ちになる。
カチンと音を立ててドアロックが外れると、彼が少し戸惑った表情をした。
「……どうした?」
「えっと、俺、乗ってもいいのか?」
「……何度も乗ってるだろい?」
「でも、生徒を特別扱いしないって……」
昨日、授業で告げたことを覚えていたようだ。そんな彼に少し笑って、髪をぽんぽんと撫でてやる。
「お前は特別だよい」
そう告げると、ガチャリとドアを開けて運転席に乗り込んだ。
「ほら、早く乗れよい?飯食おうぜ?」
そう告げると、彼ははっとしたようで、慌てて反対側に周り、ほんの少しの躊躇いの後、勢いよくドアを開いた。
「シートベルトしろよい?」
「もうしてる!早く!」
「そんな早くしたいのかよい?」
「ばっ……!」
彼がかあっと赤くなる。そして慌てて捲くし立てる。
「腹減ったんだよ!先生が待たせるからだ!」
「ああ、それは悪かったな」
「何か食おうぜ!」
「何が食いたい?」
「肉!」
即答した答えに思わず笑ってしまう。
しかし制服姿の彼と店に入る訳には行かない。どこに生徒、生徒の親、教師などの関係者の目があるか解らない。
それは彼も解っているようで、少し遠回りして買い物して帰ると伝えると、素直に頷いた。

夕食は鉄板焼きにした。ホットプレートに並べるだけで簡単だし、好きなものを遠慮なく食べられる。
あれも欲しいこれも欲しいという彼の要望のまま、ぽんぽんとカゴに大量に肉を入れた。
「こんなに食べれるのかよい?」
「まかせろ!」
呆れて問うたが、彼は自信満々な様子だった。



家についた彼は、とりあえずひとしきり感心しているようだった。
普段彼がどんな家に住んでるのかは知らないが、たまに漏れ聞く話から、おそらく学生である彼は相応なアパートに住んでいるのだろうと思う。
その彼からしてみれば、新しくゆったりとした間取りのマンションはおそらく豪邸に見えるのだろう。
静かな暮らしを好むマルコにとって、住むところはそれなりの拘りがあったし、割と良いマンションではあると思う。

リビングに入った彼はきょろきょろとして楽しそうだった。
「ほら、準備するよい」
いつ使ったか思い出せないホットプレートを探している間、一人暮らしをしているという彼はてきぱきと食材の準備をして、野菜も上手に切ってくれた。
買って来た、その驚くほどの量の食べ物を彼がぺろりと平らげて行くのには驚いたが、その姿は気持ちよく、もっと食べろとどんどん進めた。
結局彼は、告げたとおりになんなく全ての食べ物を腹に収めた。デザートのアイスまでぺろりと平らげる。
「若いっていいねい」
「先生が食べなさすぎなんだよー」
そんなことはないと思うが、否定するのも違うと思い、その頭をぽんぽんと撫でると、彼が嬉しそうに笑った。

結局彼はマルコの分までデザートを食べると、今度はてきぱきと後片付けを始める。あとは一人で大丈夫という彼に台所を任せて、自分は風呂を用意することにした。
ささっと浴槽を洗い、湯を張るボタンを押して浴室を出ると、丁度片づけを終えた彼がこちらに向かって来た。
「エース、もうすぐ風呂沸くから、お前先に入れよい」
「うん」
「着替えはどうするかねい」
「俺、着替え持ってきた!」
彼はそう告げて楽しそうに笑う。
「今日泊まってもいいってこと、だよな?」
そう告げて首を傾げた彼は、きょとんと黒い目をしていた。
「……エース」
ゆっくり手を延べ、その頬に触れたが、彼は素直にその手のひらに頬を寄せた。
そしてゆっくり目を閉じる。その仕草に少し笑って、少し屈んでその唇に触れた。
少し癖のある髪に指を差し入れる。少し引き寄せ、唇を舐めると彼がびくりとしたのが伝わった。
そのまま少し開いた唇から舌を差し入れると、彼が少し抵抗を見せる。軽く舌に触れただけで、すっと顔を引いた。
彼が真っ赤な顔でこちらを見ていた。
「おまえは、いいのかよい?」
「……え?」
「本当に抱いても、いいのかよい?」
「……!」
彼ははっと目を見開いて息を詰めた。
そのまま静止したかと思うと、しばらくしてふーっと息を吐いた。そしてきっとまっすぐこちらを見る。
「……うん」
そう告げてこくりと頷いた。そのまま顔は上げずに風呂場に走り去ったが、振り向いて見たその耳が真っ赤になっていた。

ゆっくりと風呂に入った彼がタオルを頭に載せたままリビングに現れた。冷たい飲み物を差し出すと、彼は嬉しそうにそれを飲む。
だけれど、寝室の場所を告げると、彼は少しはっとした顔をした後、こくりと頷いてぱたぱたと走って行った。

入れ替わりに風呂に入り、脱衣所を出ると、家中の全ての電気が消されていて少し驚いた。
しかし、あえて点けないまま、暗い中を寝室に向かう。