あおいとり ことり〔10〕
朝、カフェでローと落ち合い、簡単に打ち合わせをした後、学校に連絡を入れた。
初めて二人で話したが、対峙した彼は電話の印象通り、頭が良く、自暴自棄にもならず、話し合いはスムーズ済んだ。
学校へは自分が車を出した。騒然となり彼を待ち構えていた学校の面々には、自分の言う事を素直に聞く彼はよいパフォーマンスになったと思うし、何より自分が彼を発見・説得したということで、傍に居てアドバイスを与えられる立ち位置に立つことは重要だった。
前日のうちに学年主任の自分が裏で手を回し出来る事はやっておいたことも功を奏し、ローは暫くの自宅謹慎で済んだ。
自分にだけ聞こえるようにラッキーと言い放った彼には若干面食らったが、表向きは粛々と反省してるような表情を崩さない彼は大物だと思うと内心では面白かったし、何よりこれでエースが泣かないで済むと思うとほっとした。
学校との話し合いが終わった後、ローと今後の打ち合わせをするべくまた車に載せて移動する。
学校から離れた、しかしエースが来易いように駅に近い、静かなカフェを選ぶ。
もう午後も遅い時間になっていた。そろそろ学校も終わるだろう。
彼には一時間後の時間を指定したが、彼は必死に来たのだろうか三十分後にそのカフェに現われ、しかも大層怒っていた。
「なんだよ、俺は仲間はずれかよ!」
ローがちらりと視線を向けた。
「ガキか」
「なっ!」
「ま、いいじゃねえか」
ローがからりと告げる。そしてとんとんと隣の席を指で叩くと、彼が大人しくそこに座った。しかし目線が彼を睨んだままだ。
その様子にローが肩を竦めてみせる。
「……大した話はしてねえしよ。おまえ来たらギャーギャーうるせえだろ?」
「なっ、お前俺がどんだけ……!」
エースが真っ赤になってそう告げたが、ローはさらりとしたものだった。
アイスコーヒーに口をつけてぼんやりとエースを見る。
「実際退学になりそうだったんだけどなー」
「……」
そう告げると、エースがはっとした顔をする。
「マルコセンセイがなんとかしてくれたぜ」
そう告げて眉間に寄った皺をローがとん、と叩くとエースが慌てて抑えてむっとした顔をする。
くるくると変わる表情に、少しあっけに取られた。それだけ仲が良いと言うことなのだろうが。
そんな俺の顔をローはちらりと見て、ふっと笑う。
「センセイ」
「……」
「俺をだしに仲良くなったんだろ?いいじゃねえか」
エースははっとした顔をしたが、すぐに少し俯いて、また顔を上げた。
「ばか、おまえ、俺がどんだけ心配したと思ってる」
エースが静かにそう告げると、ローは今度は素直に頭を下げた。
「……すまなかった」
「……ん」
表に出ると、もう夕暮れが迫っていた。
キーについたボタンを押して、車をカチリと解錠するとローが当たり前のように乗り込む。
「エースも乗れ」
「うん」
少し迷った様子の彼にそう告げると、おとなしく乗り込んだ。
二人を乗せて車を走らせる。
「ローは家はどこだ?」
「ああ、俺は恋人んちで」
「……」
少し考えていると、エースがつかさず突っ込む。
「ロー、おまえ暫く大人しくするんじゃねえのかよ!」
「ああー、いいんだ」
「まあいいけどよー」
「だろ?」
「よくねえし!」
ぽんぽんと軽口を叩き合う彼らは常からこのような感じなのだろう。
少しも嫌な感じはせず、寧ろ仲がよいのが伝わって来る。
ローを指定の場所で下すと、彼はひらりと軽く手を上げて去って行った。振り向きもしないところが彼らしいと思った。
彼の背を見送っていたエースに声を掛けると、彼も家まで送る。
エースの家の近くに車を止めると、彼は礼を言ってドアを開け、しかしそこでぴたりと動きを止めた。
「……?」
振り向いて見遣ると、彼がおずおず、と言った調子で告げた。
「……マルコ先生」
「ん?」
「……明日、帰り、待ってる」
「……?」
告げられた意味が一瞬わからず、思わず彼を見返すと、彼は真っ赤になって俯いてしまった。
「……ほ、保健室、で、いいのか?」
その言葉に漸く彼との約束の事を言っているのだ、と気付いた。
「……ああ」
彼はその返事を聞くと、車から降りて外に出た。
そしてすうと運転席の外までやってくる。少し屈んで窓を覗き込む彼を見上げた。
「……じゃあ、明日な。先生」
「エース」
「?」
少し手を述べると彼の頬に触れた。指先が触れる瞬間彼がびくりとしたが、それはいまはもう、怯えているからではないことが解って少し嬉しくなる。
「……俺の家に来るかよい?」
「……え」
そう告げると、彼がぎょっとこちらを見た。
「いや、俺……」
「その方が安心だろい?」
「……」
「それともハラハラしながらやんのが好きかよい?」
「……っ」
ますます赤くなって俯いてしまった彼にさすがに言いすぎたかと思ったが、彼はばっと顔を上げた。
「……行くぜ!でも別に、怖いわけじゃねえぞ!」
それだけ告げると、バタバタと走り去って行ってしまった。
相変わらず野良猫みたいだ。だけれど、なんて愛しい黒猫だろうか。