あおいとり ことり〔9〕




翌日の深夜。それは唐突だった。
公衆電話からかけられたそれを、ためらいもない受ける。
この為に、全ての着信を許可していたのだ。
相手が掴まり、無事交渉に応じてくれたらしい旨が伝えられた。然程危惧はしていなかったが、やはりほっとする。
もう少し手間取るかと思ったが、簡単な説明を受けると、思ったよりも拗れた事情ではなかったのが功を奏したらしい。
しかしこちらを訝しがっているらしく、連絡は明日の夕刻、エースの電話に入れると言う約束を取り付けていた。




翌日、保健室で彼に会って開口一番、携帯の電源を入れろと告げた。
不思議そうな顔をしながら、鞄から携帯を取り出し、電源を入れた。
途端、鳴った着信音に彼が一瞬びくりと体を震わせる。そして表示された名に息を飲み、慌ててボタンを押した。
「ロー、おまえ、どこに……!」
おそらく何度もかけて、やっとこちらが電源を入れた形になったのだろう。
学内では電源を切っているのだろうか。こんな時になんだが、案外律儀な所に感心した。
「ポートガス、スピーカーにしろ」
「えっ……?」
彼は求められた意味が解らないようできょとんとしている。
近づくと、電話を耳に当てている手の反対側から耳を当てて一緒に聞く。
『商売してたのが恋人にばれてよ。殴り合って奴の家に拉致監禁。部屋が荒れてたのは荷物を詰めてくれたから……みたいで。まあ、俺逃げようと狙ってたし、奴も慌ててたしなぁ』
「ばっ、俺、どんだけ心配したか……」
彼が泣きそうに告げる。
「ちょっと代われ」
「え、」
『エース、誰かと一緒なのか?』
「……」
「恋人だって言えばいいよい」
「……」
彼が顔を赤くして口ごもる。その隙に携帯をぱっと取り去って耳に当てた。
「ロー、俺はエースの恋人だ。悪いことはしねえから、ちょっと聞きたいことがある」
「……!」
文句を告げようとした彼を、唇に人差し指を押しあてることで制止する。
「うん、うん」
彼の説明は簡潔だった。頭のいい男だと思う。
説明が終わると、彼が一拍置いた。そして告げる。
『恋人って、あんたマルコセンセイじゃねーの』
「そうだ」
『……ふーん』
彼は大して興味がないようにそう告げると、話を進める。
『じゃあ話が早えな。明日登校しようと思ってる』
少し考えて返答する。
「それはちょっとまずいな。駅前のカフェに早めに来てくれるか?」
『……解った』
彼と待ち合わせる時間を手早く決めると、彼はじゃあ、と告げてすぐに電話が切れた。
「俺も、行く」
彼がきっぱりと強くそう告げた。
やりとりから待ち合わせをした事は容易に知れたのだろうだが、すぐに強めに断りを入れる。
「おまえはだめだ」
「なんで……!」
「外で会うんだ。学生が一緒にいて、もし誰かに目撃されれば共犯を疑われる。痛くもねえ腹を探られたくねえだろ?」
「でも……」
「おまえも巻き込まれたら、ローはどんな気持ちがするか、解らねえわけじゃねえだろ?」
そう告げると、彼は大人しくなった。
「……ローを、頼む」
彼は少し俯いた後、顔を上げて真剣な面持ちで真っすぐこちらを見た。
こんな顔をする彼を見たのは初めてかもしれない。
そう思うと、多少は嫉妬もするが、それよりもそんな風に思える友人がいたことも嬉しかった。
「言われなくとも」
そう軽く告げて、その黒髪をぽんぽんと撫でた。