あおいとり ことり〔4〕




次の時も、彼は大人しくベッドの上にちょこんと座って待っていた。

大きな体を持て余すように、窮屈そうに体育座りしている様はなんだか愛らしくも少し切なく思えた。
鍵を掛けると、ゆっくりと近づき、ベッドの端に腰かける。
彼は毛を逆立てた猫のように今日も警戒心を隠さない様子だったが、
手を伸ばして、その頭をぽんぽんと撫でると、少しだけ気持ち良さそうに目を細めて見せた。
「今日は何を話してくれるんだい?」
やさしく問うたが、ぷいっとその手を逃れてますますベッドの端っこに行ってしまう。
「……話すことなんてない」
拗ねたように告げるその言葉に、優しく返す。
「このあいだの童話の続きでいいよい」
童話じゃないんだけど、と彼が小さく呟いたが、少し黙った考えているようであった。

「黒猫は犬の家族と暮らし始めました」

不意に呟かれた言葉に彼を見ると、彼はやはり、少し遠くを見るような目をした。

――あれから、失礼かとは思ったが、彼の生い立ちについて調べた。
父は早くに亡くし、母も生まれた時に亡くしているということ。
父親は決して評判がいいとは言えなかったこと。そのことが原因で親戚は誰も引き取ってくれなかったということ。
見かねた知り合いの男性が預かり、三つ下の孫の男の子と一緒に育てられたということ。
今は独立し、奨学金を受けながら一人暮らしをして学校に通っているということ。
バイトは認められていて、毎日夕方から深夜まで働いていること。
独立する少し前、もう一人、同居人の男の子がいたこと。

「子犬は黒猫にいつもついて回りましたが、
黒猫はどうしたらいいかわかりませんでした」

「しばらくして、黒猫は子ウサギと出会いました。
子ウサギはいつもひとりだったので、黒猫はすぐ仲良くなりました」

「やさしい子ウサギは、子犬とも仲良くしました。
黒猫はだんだん子犬ともなかよくできるようになりました。
そうしてすこしづつ、三人は仲良しになりました」

彼が少しだけだまって、そしてはっきりと告げた。

「黒猫は子ウサギがすきでした」

少しだけ、どきりとした。
すき、という言葉を口にしたのは初めてだったから。
だけれど黙って続きを聞く。

「三人はいつも一緒で、いつしか子犬のうちで一緒に楽しく暮らしはじめました」

「だけれど、子ウサギの両親はわるいひとでした。
子ウサギはいつも自由になりたいと言っていました」

彼がまた少し黙った。
俯いたそのつむじあたりをじっと見ていると、彼がぽつりと呟いた。

「ある日、子ウサギは自由になることができました。黒猫も、自由になりたいと思い、旅に出ました」

「おしまい」

そうして話し終えると、彼は俯いたまま少しも動かなかった。

「子ウサギの自由ってのは、永遠にかい?」
「……永遠にだ」
「そっか」

俯いたままの彼をじっと見つめる。

黒猫にとって。
世界は愛しかろうか。
それとも醜く歪んでいようか。

そっと手を伸ばし、その頭をやさしく撫でると、彼はびっくりしたように顔を上げて目を見開いた。
「な、なにするんだよっ!ガキじゃねえぞ」
「俺にとっちゃあお前はガキだよい」
「……大人なんて嫌いだ」
だけれど、口でそんなことを言いながらも手を振り払おうとしない彼を、切なく思った。
「そうかよい。でもおまえもすぐに大人になる。その時その『嫌いな大人』にならねえように頑張れよい」
「……」
無自覚にだろう、泣きそうな顔をする彼が、ただ愛しかった。
「そんな風にやさしくして……」
「ん?」
「……すきになったら、困るだろう?」
「……別に困らねえよい」
男だとか女だとかを抜きにして、即答した自分には内心少し驚いていた。
しかし、彼はその言葉に納得がいっていないようで、暫く考えているようだった。