あおいとり ことり〔3〕
翌々日、約束の時間にその場所に向かうと、彼は既にそこに来ていて、ドアを開いた俺の顔を見てきょとんとした。
「……本当に来るとは思わなった」
ぽつりと呟かれた言葉にはすぐに返事は返さず、するりと室内に入ると後ろ手にカチリと鍵をかけた。
「……約束を破る程呆けてねえよい」
彼はその様をベッドの上にちょこんと座って黙って見ていた。靴はきちんと脱がれ、ベッドの足もとに揃えられている。カバンと上着も隣に置かれた椅子の上にきちんと乗せられていた。案外礼儀正しい所のある彼らしいと思う。
鍵を確かめてベッドまですたすたと歩いて行くと、彼の視線がついて来る。
そのままベッドの端っこにどすんと腰かけると、彼が少しびくりとした。
「……何もしねえよい」
その初心な様に笑って告げてやる。
「……ばっか!」
彼の顔がかあっと赤くなる。
その言葉は無視して、ごろりとベッドに仰向けに寝転ぶと、座ったままの彼を見上げる形となった。
「……何を話してくれんだい?」
ばちりと交わされた目にそう告げたが、彼が困ったような返事を返す。
「え……何も」
「なんだい、高い金払ってリップサービスも出来ねえのかよい」
「……っ」
からかうように告げると、彼は口ごもり、手元のシーツをぐいぐいと手繰り寄せ弄っているようだった。
そのまま暫く待っていると、彼が小さく呟いた。
「あるところに、やせっぽちの黒猫がいました」
童話かよい、と突っ込もうかと思ったが、彼を見上げてやめた。
遠くを見るみたいな彼の目がガラスみたいに透き通って見えたから。
「…………」
そのまま続きそうな、彼の言葉をただ、黙って聞くことにした。
その話はたどたどしく、詰まったり戻ったりしながらも細く続いてゆく。
内容はこうだった。
「黒猫は、生まれる前におとうさんをなくし、生まれた時におかあさんをなくし、
おとうさんはとても悪いやつだったので、嫌われていつもひとりでした」
「黒猫はそれでも生きていました。
ごはんを食べるためにはなんでもしました」
「少し大きくなったとき、犬の家族に会いました。
犬は、おじいさんと男の子のふたりで暮らしていました」
「犬のおじいさんは変わり者で、男の子と一緒に育ててやるといいました。
黒猫はすこしほっとしましたが、そこはやっぱり犬のおうちなので、いつかは出て行かなければならないと思いました」
そこまで話した時、彼がきゅっと唇と噛んだ。
「俺……帰る」
その言葉に時計を見ると、もう十八時半を過ぎていて瞠目した。
ポケットの財布から札を抜いて差し出すと、彼は少し手を伸ばしたが躊躇う仕草を見せた。
しかしこくりを頷いてやると奪い取るようにしてポケットに捻じ込み、そのまま床にあった鞄を掴むと勢い良く扉に向かう。鍵がかかっているのを忘れていたのか、ガチャガチャとドアを鳴らしたかと思うと、慌てて開錠し、そのまま扉を開いたまま走り去って行った。
まるで、野良猫のようだ、と思った。