あおいとり ことり〔1〕




保健室でお金を払えば相手をしてくれる者がいるらしい。
このような噂が、まことしめやかに流れていた。



古文の教師、マルコは重い溜息を吐いた。
今年、彼は高校二年生の学年主任と言うめんどくさい肩書きを背負わされていた。
主任など好きでなったわけではない。担任でさえも受け渋る彼だ。しかし担任を免除する代わりに、と言われれば断れない勤め人であるのだ。
国語準備室の自分の机に座ったまま、手元の保健室に関する資料をぱらりと捲る。
保健医は先々月より産休に入って不在。保健室は消毒薬や絆創膏など必要なものを使用できるようにとそれらを並べて開放されている状態になっていた。しかしベッドの使用は教師の許可がない限り厳禁。時折見回りだってしている。
だけれど教師による、交代制の時刻の決まった見回りである。しかも平日の日に一度しか行われていない筈だ。
それらを逆手に取って、保健室で商売をしている者がいるらしい。
もう一枚ぱらりと資料を捲るとそれが最後のページであった。
そこに記された表と、集めた情報から保健室の死角となる時間は大体想像が出来た。それを簡単にメモに取り、しかしひらりとつまんで眺めると心は重くなるばかりだ。
例えば、好きな者とすると言うならばよくはないが、理解出来るものがある。しかし金銭行為とは。
「……めんどくさいねい」
そう小さく呟くと、マルコはもう一度深い溜息を吐いた。



「先生さようならー」
「おう、気をつけろよい」
笑って駆けて行く生徒達に返事をしながら廊下を歩く。時間は既に放課後も遅い時間になっていた。
窓から斜めに差し込む光が、赤く木製の廊下の床を染めていた。生徒のさざめきは去り、あたりはしんとして自分の歩く足音だけがカツカツと響く。
自分が高校教師になったことにはそれほど深い意味はなかった。
尊敬する、父にも代わる存在である”白ヒゲ”が教師をしていたからというそれだけである。
彼はその年齢からか現在は体を壊し、大学の臨時講師を受けるのみであるが、彼を慕って教師になった者は自分も含め数え切れない程である。
教師を天職と思った事は無いが、向いていないとも思わない。
この年頃の彼らはめぐるましい速さで成長していく。それは日毎に変化が見えるような早さの者もいるのだ。
自由に伸び伸びと育って行く若者を見るのは悪くない気持ちであった。そして、その教え方に定評があるのもまた事実だった。
保健室の前まで辿りつくと、じっと扉を眺めた。目線より少し高い位置に、保健室と書かれたプラスチックのプレートが、青い小鳥のクリップでぶらさげられていた。おそらく産休に入っている女性が取り付けたものだろう。
その鳥を一瞥すると、溜息を吐きたい気持ちでがらりとドアを開いた。