魔法使いと夜



そのまま、何をするでもなく、一週間が過ぎた。
その日はばあちゃんは休みのようで、朝から台所で何事かしている音がしていた。
昼も近づいた頃、ばあちゃんの呼ぶ声に、洗濯する手を止めて居間に向かう。
「蒼葉、とりあえずここにお座り」
「うん」
言われるままに居間のテーブルにつくと、ばあちゃんは入れ替わりに立ち上がり、お茶を淹れて来ると目の前に置いてくれた。そしてばあちゃんもまた、向かい側に座る。
お茶を一口飲むと、それは暖かく、やさしい味のするミルクティだった。
「あの子が言っていたよ」
「……え?」
「おまえはミルクティがすきだと」
「そう……なのか。そうかもしれない」
「……」
ばあちゃんは少しの沈黙の後、すっと顔を上げると、淡々と話し始めた。
「あの子はね、ロボット製造を行っていた「TOUE」が作ったロボットだ。TOUEはロボットを悪いことに使おうとしてね。この世を制したいと目論んでいたようだけれど、それが明るみに出て、まあ結局は失われてしまった企業なのだけどね……。わたしはそこの研究者だったんだよ」
「そう……なのか」
「ああ、そして私はそこで、人の心を操る研究に加担してしまっていた。それに気付いてね。そしておまえを連れてここに来たんだ」
「……え?」
「おまえはその研究に利用するべく連れて来られた、少し人とは違う子だったんだよ。おまえは生まれつきその声を持っていたけれど、それが使えると考えたTOUEによって、その声を利用した人口生命が作られた。でもそれの多くは、もう失われてしまったけれども」
「……えっと」
薄々は、自分には何かあるのだろう、とは解っていたけれど。いざ目の当たりにすると、それをすんなりと受け入れるのは難しかった。
「混乱するのは無理もない。急な話だ。でも私は、あの子の治療にあたって、連れて逃げたという研究者の話を聞いて……おまえに話すのは今だと思ったんだよ。それでも私は、いつでも今でもお前の事をきちんと孫だと思っている。その事は忘れないでほしい」
「……うん、ばあちゃん」
酷く混乱した。自分が実の子ではないことも知っていた。貰われた子なのだと。だけれど、まさかクリアに繋がっているとは。
少し考えて、気持ちが落ち着いてくると、もう一度お茶を口にした。それは、ほっとするやさしい味だった。
そしてようやく、すっきりとした頭でクリアの事を考えた。
「えっと、あいつは、その研究の生き残り?ってことなのか?」
「そうだね。あの子は、たった一人の生き残りなのかもしれないね。その研究者のいいつけを守って、ひとりでずっと、ひそかに……」
「……」
あの家に、ひとりで静かに住んでいた、クリアのことを考える。
「……蒼葉、これを」
「うん」
すうと差し出された紙を手に取った。
「これは、あの子の描いたものだよ」
渡された大きな画用紙には、人物らしき絵が描かれていた。お世辞にも上手とは言えなかったが、一生懸命描いたのはわかる。そして、青い髪をしている、これはもしかして――。
「これって……」
「ああ、おまえだよ」
その言葉に、またじっと絵をみつめた。絵の俺は、笑っているようだった。
「あの子が絵を描いたことがないと言うから、治療の間の暇つぶしにとクレヨンと紙を与えてやってね、好きなものを描いたらいいと言ったら、ただひたすら一生懸命練習してるんだ。だから、何をしているのかと聞いたら、好きなものが、上手に描けるまで頑張るって言ったんだ。そういう意味じゃないのにね」
「……」
「でも、そうやって長い時間かけて、漸く描いたものがそれだよ。あいつは、おまえのことが大好きなんだろう」
「じゃあどうして……」
少し考えて、そしてクリアが口にした事を告げると、それを聞いてばあちゃんは深いため息を吐いた。
「……そりゃあ、おまえを心配させないためだろう」
「……でも俺、あいつはやっぱり俺とは違うのかと思ってしまって……」
「蒼葉。おまえだって、本当は解っている筈だ。あの子は、やさしい子だと」
その言葉は胸にすうと染み込むようだった。漸くわかった。この数日の違和感を。本当は、ずっとクリアを信じていたんだってことを。
「ばあちゃん、俺、やっぱり帰る」
「解ってるよ、行っておいでバカ孫」
ばあちゃんは立ち上がると、台所からあれこれ持ってきてくれた。それらは食料や、水や、クリアが好きだと言っていた甘いお菓子などだった。
朝から用意してくれていたのは、どうやらこれらだったらしい。ばあちゃんは、この話をすれば俺が帰るだろうとお見通しだったのだろう。敵わない、と思った。
「ありがとう、ばあちゃん」
それらをきちんと鞄に詰め、身支度を整えると、入り口の扉を開ける。
「ばあちゃん、行って来る」
「あの子に、よろしく言っとくれ」
「うん」
それは明るい別れだった。