魔法使いと夜
生まれた街に帰るのは、やはり少し勇気が必要だった。
クリアにマントを被せて包帯を巻いた腕を隠すようにすると、食料や水などの旅支度を済ませ、ふたりで家を出た。
時間はまだ夜明け前だった。自分の街まではおそらく数日はかかる。
ここに来たときは、碌な備えも無かった上に道に迷ったために酷く苦労をしたが、真っ直ぐ地図通りに行ければ、途中に街もあるしそんなに苦労はない筈だと思う。
なんとなく無言で歩いていると、真っ直ぐ続く道の上が赤く染まり出した。朝焼けだ。
それは徐々に広がって、雲までも見事に赤く染めて、一面鮮やかな色が広がった。
思わず立ち止まると、ぎゅっと手を握られた。少し驚いてそちらを見ると、クリアが仮面を外して少し笑ってくれた。
「……綺麗ですね」
「……ああ」
そう答えると、もう一度朝焼けを見て歩き出す。ぎゅっと握られた手が暖かい。先ほどまでの不安が少しづつ溶けて行く気がした。
クリアのナビは正確で、スムーズに旅は続き、街に着いたのはそれから二日後だった。
着いたときはもう夜だったが、起きていたばあちゃんは酷く驚いた顔をし、そしてひとしきり叱られた。
でも草臥れた様子には呆れたようで、その後すぐさま食事と風呂を宛がわれ、詳しい話はまた明日と言う事になり、ふたりで自分の部屋に入った。
久しぶりの自分の部屋は、なんだか懐かしい匂いがした。
すたすたと歩いて、ベッドに腰掛ける。色んな物が雑然と置かれた部屋は、出て行った時のままだった。
「ここが、蒼葉さんの部屋なんですね」
「おう、小さい頃からずっとここで育ったぜ」
「そうなんですね」
クリアはなんだか楽しそうに部屋をあちこち見て回っている。
「クリア、もう寝るぞ」
「はいー」
そう告げると一緒にベッドに入る。ばあちゃんに布団どうするか聞かれたけれども。もう夜も遅いし、客間も掃除してないとのことで、一緒に寝るから大丈夫と告げた。
ばあちゃんはそうかい、としか言わなかったけれど。ちょっと変だろうか。
でもクリアの体温があたたかい。なんだか幸せな気分だった。
きゅっと軽く手を握られる。それは少しも嫌じゃなくて。そのままうとうとと眠りに落ちて行った。
翌朝、目覚めてから、クリアの説明をした。
ばあちゃんは隠していた布を解いたその腕を見て、最初驚いていたようだったが、すぐに状況を理解したようだった。
そうして修理の手配をしてくれて、ばあちゃんも一緒に暫くどこかに行って修理すると告げられた。
そして二人はどこかに出掛け、途端、一人になった。
しかし午後になると、戻って来た噂を聞いたらしく、幼馴染の紅雀が遊びに来た。
とりあえずお茶を出すのもそこそこに、質問攻めに遭った。
「蒼葉、お前どこに行ってたんだ?」
紅雀は本当に心配してくれていたらしく、次々とあれこれ問われる。
「まあ、とりあえずお茶飲めよ」
「蒼葉!」
「解ってるって、そうだなぁ……」
とりあえず、簡単に街を出た経緯と、道に迷ってクリアの家に辿り着き、世話になったことをさらりと告げた。
「クリア、か……」
「おう?」
「あいつ大丈夫なのか? ちらっとさっきタエさんと居るのを見たけど、なんか仮面とかしててよ……」
どうやら二人が修理に出かけたのを、見かけたらしい。
「……クリアはいいやつだよ」
「まあ、いいやつなのかもしれねえけどよ……」
そう言いながらも彼は不満で一杯のようだった。
「紅雀は心配しすぎなんだよ」
「……蒼葉、おまえ戻って来ないのか? みんな、おまえを待ってる」
この街で俺が起こした揉め事を知っていて尚、そう言ってくれるのはありがたかった。そしてなんと説明すればいいのだろうかと思う。
だけれど、気持ちは決まっていた。
「俺はクリアといるよ、そう決めたんだ」
静かにそう告げると、紅雀は少し考えて、それ以上は何も言わなかった。
その二日後、漸くクリアが戻って来た。その日はまたもや紅雀と、なぜか噂を聞きつけたノイズ、ミズキも遊びに来てくれて、なんだか賑やかな日だった。
みんなでクリアとばあちゃんを出迎えると、クリアは仮面こそしているが、きょとんとしているようだった。
ひとまず全員で軽くお茶をして話をし、夕方には解散となった。
そして、三人になった所で、漸くばあちゃんにクリアの説明をしてもらう。クリアは隣で黙って聞いていた。
クリアはきちんと完全に修理でき、そしてあちこちきちんと点検したので、暫くは修理の心配はないとの事だった。その説明にほっとする。
「ばあちゃん、ありがとう。クリア、よかったな」
「はい、ありがとうございます」
「えっと、明日には帰るか?」
「……」
彼はすぐにも同意してくれるかと思ったが、何事か考えているようで黙ってしまった。
すると、ばあちゃんが告げた。
「蒼葉、今日はクリアとゆっくり休むといい。彼も疲れているんだろうよ。私も疲れたからもう寝るよ」
「うん。ありがとう、ばあちゃん」
そうしてその日はまた、彼と一緒に眠った。