魔法使いと夜
眠るときはいつも、一緒に二階に上がる。そして廊下で挨拶をするのだ。
「おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
そう告げて部屋に入る。
パタン、とドアを閉めると、辺りはシンとしている。
ランプはすぐに消してしまう。明かりをつけない部屋は、それでも月明かりでぼんやりとうすく明るく見えた。
窓辺に近づいて月を眺めると、あれこれ考える。
あれからも、街では時折変な空気を感じたりはしたけれども。それでもクリアはいつも通りだし、俺はそれを気にはしないことにした。
そしてふと、出て来た街を思い出す。
……ばあちゃんは元気でやっているのだろうか。幼馴染や、友達に一言も告げぬままに出てきてしまったことは、やはり少し後悔していた。
いづれ一度、きちんと戻らねばとも思う。クリアは、どう思うのだろうか。
なんとなく、ここでの生活は心地よくて、平和で。
そのようなことを考えるのは、なんとなく胸が痛かった。
「……蒼葉さん、蒼葉さん!」
「……クリア?」
ふと呼ばれる声に目が覚めた。うっすらと目を開けるとクリアが心配そうに覗き込んでいる。
「魘されていましたので……起こしてすみません」
「いいや、ありがと、クリア」
窓の外にはまだぽかりと丸い月が出ていた。辺りは月明かりらしき明かりでぼんやりと明るい。
酷く汗をかいている事に気付いた。酷い夢を見ていた、と思う。あの街の夢だ。
クリアがぎゅっと手を握ってくれてどきりとした。
「……このベッドは広いですし、一緒に眠りましょう?」
「えっと……」
少し考えたが、クリアの目は至って真面目だし、まあいいかと少し体をずらす。クリアは律儀にお邪魔します、と言って布団に入って来た。
そのまま並んで横になったが、なんとなく眠れず、ぽつぽつと会話をした。それは他愛もない話で。星や月の話などだった。
「蒼葉さん」
不意に、クリアが少し真剣な声で名を呼んだ。
「ん?」
「蒼葉さんは、僕の顔を好きだと言ってくださいましたが、それは……どういう意味ですか?」
「えっ、どういう意味って……」
あの時は、素直に好きだと思った。でもそれは恋とかそういうのではなかった。
じゃあ、今は?そう思ってクリアを見つめなおす。クリアは真っ直ぐな、綺麗な目で自分をじっと見ていた。その少し不安そうな顔を、なんとかしてあげたくなる。これは。
「……あの、蒼葉さんに触れても、いいですか」
クリアがおずおずとそう問うてきた。
「……いいよ」
そう答えると、クリアの手のひらがそっと頬に添えられる。そのまま顔が近づいて。
「……キス、してしまいました」
クリアが赤い顔で呟く。
触れるだけのキスは、この上もなく彼らしいと思った。
その頬が少し赤いのを、愛しいと思った。