魔法使いと夜
また元来た道を歩きながら、なんとなくクリアに問うた。
「えっと、あのお店の人と仲がよかったりするんだな」
「そうですね、ミオさんのお母さんが風邪をひいた時に運悪くおじさんも出稼ぎに出てまして、僕のおじいさんの了解を取って色々お手伝いしたことがあるんです。それから色々気にして下さって、とても親切なんですよ」
「そうなのか。あの子も懐いてるもんな」
しかしその言葉に、クリアは不思議そうな顔をした。
「……そうなんでしょうか……? ミオさんは、前はなんだか悪戯ばかりされたような気がするんですが……」
「え? そうなのか?」
頬を赤くしていた横顔の少女からはぴんと来なかった。確かに強めの物言いは気の強さを表してはいたが。
「あ、そうですね。一度仮面を外してしまった時から、なんだか特にやさしくして下さる気がします」
そう告げるとクリアが少し笑った。その言葉に少し驚いて、思わず聞き返した。
「えっ、仮面をはずしたのか?」
「まあ、ちょっとしたはずみでほんの一瞬ですが。でも僕の顔は見せてはいけないと、おじいさんにきつく言われてますので」
「そうなのか……」
少し考えて、問うてみた。
「えっと、どうしていけないんだ?」
「はい、僕の顔は……人と違うそうで。みなさんを、蒼葉さんを、怖がらせてはいけませんから」
「……」
そう告げるクリアは、なんだか寂しそうに見えて。なんと言葉を掛けていいのか迷って黙ってしまった。
「そんなことより、早く帰りましょう?」
沈黙を破って、クリアが明るくそう告げる。
「……おう」
そしてまた彼に引っ張られるように、足早で家に帰った。
その夜は、少し豪華な食事だった。
鶏と野菜のたっぷり入ったシチューに、綺麗な色のサラダ。パンはふかふかの焼きたてだった。
料理はとてもおいしく、クリアも一緒に楽しく食事をした。
そして、食後のお茶を飲んでいると、ふとクリアに問われた。
「どうして……蒼葉さんはここに来たんですか?」
その声は少し心配そうで。問うてもよいものか迷っているのだと知れた。
「そうだなぁ……」
そしてゆっくりと、自分の育った街の事を話した。
仕立て屋に勤めていたこと。そこの店長さんはよい人だったこと。
洋服だけでなく、機械の修理もしていたこと。
じぶんの声が、少し特殊だということ。
そのことで、人を傷つけてしまったこと。
それは大ごととなり、店長さんやばあちゃんまで悪く言われたこと。
だからもう街にはいられないと思ったこと。
だから、たくさん考えて決めて、街を出たこと。
クリアは話している間、ただじっと聞いていてくれた。そしてそれを話終わると、まっすぐ見詰め合った。
「僕は……蒼葉さんの声、すてきだと思います」
「そうか? ありがとな」
「はい」
短い言葉だったけれど。それはクリアの本心なのだろうと思えるやさしい言葉だった。少し笑うと、クリアも笑ってくれているように思った。
「えっと、実は職業柄ちょっと気になってたんだけど、クリアはそんなシンプルな服ばかりなんだな」
そしてふと、思っていたことを問うた。
「ああ……そうですね。僕はこれでいいんですよ」
「俺、クリアにぴったりの服を、作ってあげたいな」
「ありがとうございます。でも、僕はあまり外には出ないですから」
「……なぜ?」
「おじいさんが、人前にあまり出てはいけないと言ったので」
彼の話だと、おじいさんはとてもやさしい人だったように思う。だけれどそれならばなぜ、おじいさんは色んなことを彼に強いたのだろうか?
「……どうして、いけないんだ?」
「僕は……人と違いますから」
昼に街から帰る途中、仮面の話でも同じことを言っていたと思う。なぜだろうか。顔に何か醜い傷などあるのだろうか。でも、それにしても。
「えっと、変なこと言ったらごめんな。おじいさんって、なんでそんなことをお前に言ったんだろう? 俺は、おまえの顔を見てみたいよ。だって、そんなのさみしい。おじいさんは……」
そこまで言ったとき、彼がふっと遮るように告げた。
「いいえ、蒼葉さん。おじいさんは悪いひとではありません。僕を、とても大事に第一に考えてくれたやさしいひとです」
「……」
その言葉の強さに、思わず黙ってしまう。悪いことを言ってしまっただろうか。彼の言うおじいさんがよくわからないけれど、傷つけてしまったのだろうか。
「えっと、ごめんな」
「……いいえ、不思議に思うのは当然です。申し訳ないです」
「いや、謝ることじゃねえよ」
「でも、だから僕は、昼間あまり外に出ないんです。人目に触れるのは慣れないもので。なのでご不便をお掛けしてすみません」
彼が申し訳なさそうにそう告げる。
それで、買い物に行った時に、少しそわそわしたり、早く帰りたがったりしたのか、と思い当たった。
「いや、別にいいよ。必要なら俺が行ってくるし」
「……すみません。僕もなるべく、出ようと思います」
「無理しなくていいぜ」
「いえ、蒼葉さんと一緒なら……きっと平気です」
それは、否定的な言葉が多かった彼の、漸く前向きな言葉に思えた。
「ん。じゃあ、行けるときは、一緒に行こうぜ」
「はい、ありがとうございます。がんばります」
彼が真剣に答える。それは彼の前向きな一歩のように思えた。
彼と話すほどに色々伝わってくる。
少し言葉がずれてはいるけれど。彼の素直さや、やさしい気持ちは、心地よくてすきだと思う。
翌日から少しづつ、彼も一緒に散歩に行ったり、外での作業をしたりしていた。
あまり外に出たがらないせいか、庭も草が生え放題で酷い有様だったが、少しづつ時間を見て片付けるうちに、段々と人が住んでいるらしい家に変わって行く。
それでも遠出や人の多い街などへの買い物はあまり気が進まないようで、最初はあまりついて来なかったが、それも時間が経つにつれ徐々に一緒にくるようになった。
仮面は相変わらずだったけれども。それでも最近は、なんとなく表情がわかるような気もした。
そうして日々は平和に過ぎて行った。