すきと言って。
マルコを好きだと言った日から、マルコはあからさまに俺を避けている。
「エースちょっと来い」 「ん?どうしたサッチ?」 自室でごろごろしていたら、ドアを開けたサッチが手招きをした。 素直にドアを出て少し先を行くその背を追う。 「サッチー」 廊下をサッチに続いて歩きながらその名を呼ぶと、振り返らぬままサッチが告げる。 「エース、おまえマルコが任務に出てたの知ってるだろ?」 「おう、確か今日までじゃなかったっけ?」 「…マルコって、不死鳥の姿であまりにも体力を使うと、回復するまで人型に戻れなくなるんだ」 「え?そうなのか?」 彼がマルコの部屋の前でぴたりと立ち止まった。軽くノックをすると返事を待たずにガチャリとドアを開く。 「え、サッチ…」 「なので、回復するまでマルコよろしく」 「…!」 ベッドの上には、ちょこんと青い鳥が座っていた。
「マルコマルコ!なんか食いたいものねえ?」 「…ねえよ、煩い」 「でもその姿でも普通に食べられるんだろ?」 「放っておいてくれって言っただろい」 にべもない態度にむっと頬を膨らませたが、鳥の姿のマルコは涼しい顔だ。 「やだよ、世話頼まれたもんよ!」 ベッドに一緒にごろりと横になると、その羽をさわさわと撫でた。 彼は少し嫌そうな顔をしたが特に何も言わず、ふいと顔をそらせた。 マルコに触れるのはいつぶりだろう。 避けられて、それでもしつこく追いかけて、だけれど。 胸がつきりと痛む。 「…エース?」 彼が自分の名を呼ぶのも、いつぶりだろう。 だけれどそんな気持ちは振り払ってにこりと笑ってみせる。 「なんだ?」 「…いや」 「ん?」 「…何か果物持ってきてくれよい」 「おう!」 ぱっと起き上がると部屋を出て、食堂にばたばたと走る。 廊下から見上げた空は、透き通るような綺麗な青い色をしていた。 ――あの日も、こんな青だった。
「マルコー」 彼を探してその名を呼びながら甲板をうろうろしていた。 確かにここにいると言われたけれど、その姿が見えない。 「んー?いねえよなぁ…」 独り言を呟きふっと並んだ大きな樽に腰掛けてどきりとした。 ……いた。 大きな樽の後ろ、死角になったそこにマルコがごろりと横になっているのが目に入った。 「…」 そっと何故か息を潜めて樽を降りると、ぐるりと回って彼に近づく。 「…マルコ?」 小さくひそめながら呼んだ声は、何故か起きなければいいと願っていた。 「…」 望みどおりに彼は目を覚まさない。すうすうと胸が隆起する。よく眠っているようだ。 「…」 目を閉じた彼の寝顔。初めて見た。 睫も金色なんだな、とか、髪が思ったよりも柔らかそうだな、とか。 大声を出したら。触れたら。敏感な彼の事だ、きっと簡単に起きてしまうだろう。 そうはしたくなくて、ぎゅっと息を潜めると息苦しくてくらりとして、空を見上げた。 その日は綺麗な青い空だった。
そして、酷く胸がときめいているのに気づいた。
「あの時に、好きだなって思ったんだよなー」 キッチンで受け取った果物を両手に抱え、ぽつりと独り言を零しながらマルコの部屋のドアを開くと、彼が怪訝そうにこちらを見た。 「…なんだって?」 「なんでもねえ!果物、何食う?」 「丸のまんまかよい…」 ごろごろと色々抱えた果実を見せると、彼が呆れたように呟いた。 「えー、だって齧り付けばいいじゃねえか」 「この嘴だとそうはいかねえんだよい」 「じゃあ俺が剥いてやる!」 やはり南国のフルーツっぽいやつはナイフがないと無理そうなので、柑橘系のオレンジに似た実を手に取って、そっと皮を剥く。 時間はかかったが、中の薄い皮も丁寧に取って彼に差し出すと、彼が少し迷った後でぱくりと嘴で口にした。 「…うまい?」 「…まあまあだよい」 自分も向いた果実を口に入れる。爽やかな香りと味が口に広がる。ぱくぱくと続けて口に入れると、指先に付いた果汁をぺろりと舐めた。 気づくと腕にも伝っていた汁をべろりと舐め取ると、ふと彼がこちらを見ているのに気づいた。 「もっと食う?」 「…食う」 そう問うと、こくりと頷いた青い鳥に、嬉しくて少し笑って果物を剥いてやった。
夜中に羽ばたきが聞こえてふっと目が覚めた。 嫌がったマルコを押し切って、彼の部屋のベッドで一緒に寝ていたのだ。 「ん、マルコ?」 しかし彼の姿はなく、ぐるりと見回すと、ドアが少し開いている。彼があの羽で器用に開けたのだろうか。 むくりと起き上がると、そっと廊下に出てそのままそっと歩き出す。 廊下を抜けなんとなく甲板に出ると、夜空の下に見慣れた後姿が見えた。 鳥ではない、彼の後姿。ほっと息を吐いた。いつも見てた、その姿。
そっと近づくと、彼が海を見たままふっと息を吐いた。 「…起きて来たのかよい」 「ん」 どうしようかと迷っていると、彼がとんと隣を指したので、少し笑って隣に駆け寄り立つ。 すうと吹き抜ける風が少し冷たくて気持ちがいい。 「…エース」 「うん?」 彼にちらりと目線をやると、薄い宵闇の中で彼が海をじっと見ていた。 「色々ありがとうよい」 「おう、もういいのか?」 「ああ」 「…そっか」 人間に戻れたということは、もう世話はいらないということだ。彼を独り占め出来た半日、とても楽しかった。 彼と同じ方向に視線を向ける。夜の海は黒くうねってあまり好きではなかったのだが、海の上に無数の星が出ていた。そのまま見上げると、きらきら満点の星空。 これからもまた、彼に避けられるのだろうか。それは仕方ないことなのだろうか。 「マルコー」 「ん?」 肌を撫でる冷たい風が少し遠く感じられる。綺麗な筈の星もあまり目に入らない。頭の中は彼のことでいっぱいだ。 「また俺を…避けるのか」 「…」 「マルコが戻んなきゃよかったのに、なんて思いたくない」 拗ねたようにそう告げると、彼がふっと息を吐いた。 「おまえが来なけりゃ…」 「え?」 「おまえがここに来なければ、何食わぬ顔で鳥になって戻るつもりだったよい」 「…え?」 きょとんと彼を見ると、彼がこちらを見て、ふっと笑った。 「おまえの傍にいるのは嫌じゃないってことだ」 「マルコ、それって…」 「でもな、お前はまだ若いから、無理することはねえよい。ずっとそう思ってたし、今も思ってる」 「…」 それは幾度となく彼が繰り返した言葉だ。若いから。未来があるから。 でも俺は。こんな風に思うのさえ、若さゆえなんだとしても、それでも。 「…マルコ」 低く呼ぶと、彼がこちらを向いたので、まっすぐ見つめあった。こちらを見るアイスブルーの目にじわりと胸が熱くなる。 「マルコはいつも年の差を気にするけど、俺はそれでもマルコと同じ時代に生まれてよかったって思ってる」 「…壮大だねい」 彼の軽口は聞こえないふりで必死で続ける。 「だって海賊なんてやってたら…まあそれだけじゃなくても…命なんてわかんないし。そもそも名前は知ってても会えないで終わるやつだって星の数ほどだ」 本当にそう思う。マルコと会えて良かったと。マルコじゃないと嫌なんだと、どう言葉にすれば彼に伝わるのかなんて解らなかったけど。それでも。 少し俯いてしまった顔をぱっとあげると、彼を見つめてにこりと笑った。そしてゆっくりと抱きつく。彼はじっと動かないでいた。 「だから俺は、こうして触れられることが、すっげえうれしい」 そしてへへっと笑うと、彼の手がやさしく背に触れた。少し驚いて顔を上げると、彼が思いのほか優しく笑っていてどきりとした。 「お前にはかなわねえよい」 「…え?」 「えろい果物の食べ方して…煽ってんのかと思ったよい」 「は?」 「そうだな。えらいロマンチックで驚いたが…どんなに言い訳をしても、お前が愛しいってことには変わりねえ」 「…それって」 「…降参だ」 彼はそう低く告げると、笑ってそっと頬に触れてくれた。その温度に、胸がどんどん熱くなる。 「好きだ、マルコ」 「ああ」 彼はもう否定しない。 少しだけ背の高い彼を見上げる。
見詰め合うとなんだか少し照れてしまって、互いに笑って、そしてどちらからともなく口付けた。
8/19大阪ペーパー小話でした!
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