なまえをよんで。
※あおいとりことりの小話です
自宅にローを呼び、ほぼ手をつけていない状態の、春休みの課題をしていた。
金土日と三日の予定だったが、日曜の夜になって漸く仕方ない、と始めた。 そのような状態では到底終わる筈もなく、居間のテーブルで向かい合わせで作業をしていたが、気づけば深夜になっていた。 「明日学校とか辛い…」 ぽつりとそう告げると、ローもそれには同意のようだった。 「だな…」 文句を言いながらも、それでも黙々と作業を進める。 しばらくして、ふと、ローが名を呼んだ。 「なあエース」 「んー?」 視線はノートに落としたままで、返事を返す。 「おまえさ、マルコ先生のこと、『先生』って呼んでんのか?」 「え?…おう」 問われた意味が解らず、きょとんとながらもそう答える。 「…ふーん」 意味深な彼の質問もその返答も、彼ならよくあることで。 普段ならばスルーしたりもするが、先生が絡んでいるとなると話は別だ。 「…なんだよ」 漸く顔をあげ、睨むように見た俺に、彼がニヤリと笑う。 「おまえ、課題しねえの?」 「気になるだろ!」 「ああ…」 これは明らかな譲歩だ。だけれど彼はどうしようかな、と迷うようなからかうような態度でまた笑った。 「おまえ…」 思わずむっとすると、悪い、と彼が笑って続けた。 「うーん、こないだマルコ先生言ってたんだよな」 「…何を?」 「エースって、『先生』って呼んでるのか?って聞いたら…」 「…うん」 「そうだ、って言うから、恋人なのにいいのかって聞いたんだ」 「…な、おまえまた余計な事を…!」 思わずむっとしたが、余計か?と彼は至って普通の様子だ。思わずため息をつくと、気になる続きを促した。 「…で?」 「え?」 「え、じゃねえよ、なんて答えたんだ?」 「…知りたい?」 「おまえ」 「はいはい、悪かった悪かった。そしたらな、別にいいんだ、って言ってた」 「…そうなのか」 なんだか少し拍子抜けした。 自分だって考えない訳じゃない。恋人、ならばもっと、特別な呼び方だってあるだろうと。 「…なんか先生曰くよ」 ローの声にはっと現実に引き戻された。 「…え?なんだよ」 「んー、なんか…『まあ、せんせい、って言われるのってもえる時もあるだろい』…って言ってたぞ」 「…!」 思わずローの顔を見たが、彼はしれっとしていて、それが事実だと理解するとかあっと頬が熱くなった。 それはおそらく、夜、のことを言っているのだろうと、なんとなく解った。 「なんだそれ、最低だろ…!」 「そうか?」 「…」 思わず黙ってしまった自分に、ローが問うた。 「じゃあさ、おまえは恋人ならなんて呼べばいいと思ってんだ?」 「…マルコ先生?」 少し考えてそう返すと、彼があからさまに嫌そうな顔をした。 「なんだそれ、呼び捨てろよ」 「え…」 「俺はマルコ先生にはたまにそうしてるぜ」 彼は時折先生の事を「マルコ」と呼び捨ててるのを耳にした。先生はその度たしなめていたけれど、俺はその呼び方を耳にする度に少し胸がちくりとした。 「それは…ローだからだろ」 「でも、先生は許してくれねえし」 「…」 許されたら困る、だけれど。自分がそれを口にしてもいいのだろうかと思うと思わず黙ってしまう。 「…呼んでもいいのか?」 ふと彼がそう問うた。 「だめだ!」 間髪入れずに答えると、彼がくくっと笑った。 「即答できるくせに、本当によ」 「…」 「じゃあ、とりあえず練習してみればいんじゃね?」 「練習ってなんだよ」 「今呼んでみろよ。ここで言えねえなら本人にも言えねえだろ」 求められた内容に思わず眉を顰める。だけれど、確かにここで言えないものを本人を目の前にしたら言える訳もない。 たっぷり時間をかけて、何度も頭で反芻して、漸く口にした言葉は思いきり震えていた。 「マ、マルコ…」 「うわー」 彼が嫌そうな顔をした。そんなにおかしかっただろうか。 「なんだよ…」 「ま、呼んでやればいんじゃね?」 「え」 しかしさらりと肯定されて、また戸惑う。 「そのままでいいんじゃね」 「なんで…」 本当に不思議に思って問うたのだが、彼はニヤリと笑った。 「なんでって…そのたどたどしさが、またもえるから?」 「おまえ…」 「なんだよ」 「…ぜってえ呼ばねえ!」
ほんとだから試してみろって、と彼は軽く告げたけど、そんな事を言われて尚、本人を目の前にして言える自信なんてある筈もなかった。
だけど、その後マルコ先生にお礼を言われたローでした!
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