まほうのことば

エースが風邪をひいた。
滅多に病気にならない彼がベッドの上で丸くなってじっとしている姿はなんだか見てるこっちが辛くなってしまう程だ。
彼とは付きあって日は浅いが、一応恋人というやつである。
食事を摂らないと聞いて、コックからワノ国の粥と言う病人食と、船医から貰った薬を持って彼の部屋に出向いた。



「エース」
ノックをしたが返事はなかった。ドアを開き、布団に包まる彼に声を掛けてみたがもぞりと少し身じろいだだけだった。
「ほれ、粥持って来たから食えるか?」
少しブランケットをめくって顔を覗き込んで声を掛けると、彼は眩しそうに目を細めた後、口元で少しだけ笑った。
「……隊長さま自らとは光栄」
そう軽口を告げたが、額には汗が浮いていた。無言でタオルを手に取るとぽんぽんと拭いてやる。
「お前も隊長だろい」
そう告げたが、彼は少し頷いただけだった。
「ほれ、起きれるか?飯食えるかよい?」
「……いらねえ」
そう告げた彼に内心どきりとしたが、軽く笑って告げる。
「なんてことだ、一大事だよい」
「……どういう意味だよ」
彼が少し目を開き、むっとこちらを見た。
「そういう意味だろい?」
彼の腕の下あたりに手を入れて、ぐい、と体を起こさせると背中にクッションを入れて凭れさせる。
少し体を起こしたがそれでもくったりとクッションによっかかってつらそうな彼の隣に座る。
粥と暖かいお茶を載せた盆を横のテーブルに置き、粥を取ってスプーンで少しだけ掬う。
「……ほれ」
それを口元に持って行くと、彼は少し目を見開いた後、口をきゅっと一文字に結ぶ。
「食わねえのかい?」
スプーンを口元に持って行ったままそう問う。そう言えば先ほどより頬が赤い。
もしかして熱が上がって来てるのかと危惧したが、少しの間の後、彼は薄く口を開いた。
スプーンを差し入れると、ん、と彼がそれを口にする。柔らかいそれをもぐもぐと少し噛んで飲み込むと、また少し口を開く。
そこに今度は少し多めに掬って入れてやると、もぐもぐとまたおいしそうに食べた。
半分くらい食べた所で、彼がもういらないと告げたので、食器を机の上に置く。
「じゃあ、これ飲めよい」
薬瓶から薬を出して手渡したが、受け取ろうとしない。
「……飲まねえと、よくならねえだろい」
「……いらねえ」
彼は背に挟んでいたクッションを自力で押しやると、またぼふんとベッドに横になった。もぞもぞとブランケットを手繰り寄せるのを手助けして遣るとぎゅうとそれを胸に抱きしめた。少し溜息を吐くと、隣に腰かける。額を撫で、汗でくっついた髪をわけてやると、手が冷たいからか彼は気持ち良さそうに目を細めた。
「ほら、さっきから頬が赤いよい。熱上がったんだろい?」
「……ばか、これは……」
彼は何か言い掛けてしかし途中で止めてしまった。不思議に思い彼を見たが、それ以上何も言わなかった。
ふい、と逸らした頬をそっと撫でるとしかしくるりとこちらを見た。
「……マルコ、気持ち悪い」
「……ああ?」
呟かれたあんまりな言葉にむっとすると、彼もむうっと睨み返して来た。
「……だって、なんか優しい」
その言葉に少し笑い、またその髪を撫でる。
「……病人に冷たくする程酷い男に見えるかねい」
「見える!」
軽く告げて笑った彼に少しほっとした。
「じゃあ、酷い男は薬飲まねえと寝かしてやらねえよい?」
「いらねえ」
「……口移しで飲ませるよい?」
「……!」
彼の頬がかあっと染まった。そしてぼふんと顔をブランケットに沈める。不意にぴんときた。
「……ははぁ、おまえさっき顔赤かったのって、もしかして食べさせて貰うのが……」
「うるさいうるさい!」
最後まで言わせて貰えず、がばっと起きた彼が遮った。しかし、すぐさままたベッドにくたりと沈み込む。
「暴れると熱が上がるよい」
ベッドにぎしりと上がり、そっと手を伸ばすと、彼の上体を起こしその背を後ろから抱え込むように支えてやる。
背後から錠剤の薬を渡すと、彼は無言で暫く見詰めていた。
「……エース」
「ん」
「……みんな心配してるよい」
「……」
彼が振り向いて上目遣いにこちらを見た。くるりとした大きな黒い目。
何か言いたそうな表情に少し首を傾げたが、彼は少し口を開いて、また閉じただけだった。
「エース?」
「……わかった」
彼はそう小さく返事をすると、えいっと口に薬を入れる。その手に水の入ったグラスを渡すとごくごくと飲んだ。
飲み終えたのを確認して、ベッドを降りるとその体を元通り寝かせてやる。布団を掛けてぽんぽんと撫でてやると、彼がこちらを見た。
「じゃあ、ゆっくり寝ろよい」
そのまま退出しようとしたが、彼の手が伸びて来て、服の端を掴んだ。
「……」
「どうした?」
振り向いて少し優しく問い返すと、彼の目が揺れていた。
少し考えると、再度ベッドの端に腰掛け、その髪に触れる。
熱だからだろうか。その目は、怒っているような、照れているような、年相応の幼さが覗いていた。
やさしくその髪を撫でると、彼がふっと気持ち良さそうに目を細めた。そして小さく呟いた。
「……マルコは?」
「……」
少し考えて、漸くその意味を理解した。
しかしその間に彼はふいっと視線をそらしてブランケットに埋もれてしまった。
ちらりと綺麗な黒髪が覗いているのみだ。
「……俺もだよい」
「……」
その髪に近づき耳元で呟くように告げると、彼がもぞりと身じろいだ。
「俺も心配してるよい、エース」
そしてやさしく髪をくしゃくしゃと撫でると彼がひょこりと顔を覗かせた。その頬が赤い。
覗きこみその頬に触れると、彼が珍しくふにゃりと笑った。
「……嬉しい」
小さく呟いた声に思わず少し笑んで、そっとキスをした。