in the dark





嫌ならもっと後でもいいぞ、というサッチの言葉には首を振った。
時間が経てば経つほど、いろいろ考えてどんどん気が重くなってしまうのは目に見えていたからだ。それなら早く会ってしまった方がいい。
サッチに身支度を整えてもらい、手を引かれて廊下に出る。そのまま歩くと、サッチはなんだかんだと楽しい話を振ってくれる。それに相槌を打つ。
だけれど、マルコの部屋のドアを前にすると、やはりかなり重い気持ちにはなった。
そんな気持ちを察してくれたのだろうか、サッチは大丈夫、と言うようにぎゅっと俺の手を握り直すと、勢いよくコツコツとドアを叩いた。
「マルコー!入るぜ」
サッチが大きめの声でそう告げると、おう、とドアの向こうから少し遠い声が聞こえた。サッチはその答えを聞かずガチャリとドアを開いたようだった。そのまま手を引かれて部屋に入る。
「マルコ、エースだぜ」
マルコの視線がこちらに向けられているのだろうと思うと、緊張した。
ふっと息を吐く音がした。そしてその気配も。マルコだ、と思った。じっとこちらを見ている青い目を感じるような気がした。
「こいつが2番隊隊長?随分若えよい」
少しの驚きと、隊長としての冷静さと。マルコの声は、本当に事務的にそれだけしか含まれていない響きだった。
解っていたことだけれども。やはりつきりと胸が痛んだ。
「……マルコ」
「呼び捨てかよい?」
思わずぽつりと呼んだ名には、素早く言葉が返された。
「え、」
その感情を映さない平坦な声に、何も言えなくなる。
「マルコ、いいだろ?そのくらい」
困ったような宥めるようなサッチの声が割って入った。
「…別にかまわねえけどよい」
少しの間の後、マルコは低くそう告げたが、その声からおそらく不満なのだろうと思った。



翌日、目覚めると、いつもよりずっと遅い時間な気がした。
しかし直ぐに確かめる術はない。
少し考えると、とりあえず適当に手探りで布らしきものを探り、ズボンだけ身に着けた。そして真っ直ぐ食堂に向かう。誰かがいる確率が高いし、腹も減った。
解らないことはとにかく誰かに尋ねるのが一番早い、と言う結論に達していた。

壁伝いに食堂に入ると、気配からあたりの様子を伺う。自分に気づき、近づいて来る気配。
声を掛けて来たのはサッチだった。少しほっとする。彼に時間を問うと、やはり朝食の時間も、会議の時間も過ぎていた。
思わず困った顔をしてしまったのだろう、サッチがやさしく告げる。
「おまえの予定聞いて来てやるから、飯食ってろ」
サッチに手を引かれると椅子に座らされ、目の前に皿と飲み物を置かれたようだった。
「今聞いて来るから、とりあえずそれ食って待ってろ。腹減ってんだろ?」
「おう、ありがと」
「気にすんな」
そう言うと彼は去って行った。彼はさりげなく気が利いて、やはりやさしい。少し嬉しくなる。
言われるがままにもそもそと手探りで食事をする。手に触れたものはふわふわしたパンだった。サンドイッチらしく、具がたくさん間に挟まっている。
匂いで中身を確かめていたが、どれもおいしいしすぐに面倒くさくなり、手に触れるものから口に入れて行く。そうしているとサッチが戻って来た。
「エース、食ってるか?」
「おう、うまいぜ」
「えっと、今日のお前の予定は、朝飯食ったらマルコとミーティングな」
「ん」
「マルコ、おまえの部屋にあとで行くって言ってたから、とりあえず今はちゃんと飯食えよ?」
「おう」
「なんか欲しいもんとかあったら作るぜー?」
珍しくあまり食欲のない様子の自分を心配してか、サッチが優しい声でそう告げた。
「ん、大丈夫だぜ、ありがとな」
残りを口に入れて、テーブルに置かれた濡れているらしい感触のタオルで指を拭く。
サッチに礼を言うと、ついて行こうか?という彼の申し出は断り、また、もそもそと自室へと戻った。






【続】