秘密の箱
(あれ、なんだろう?)
廊下にぽつんと落ちているものが、ふと目に入った。
今日も午後早い時間に古典準備室に赴いたのだが、あいにく先生は留守のようだった。
少し考えたが、今日は約束をしていた訳ではない。
活動はあくまで先生の空いてる時間に相手をして貰うだけだったし、次はいつという約束もしていなかった。
しかし、水曜日と金曜日の午後はいると聞いていたし、休みに入ってからの2週間、実際不在に当たったことはなかったので、内心少し驚いていた。
職員室にいるのだろうか、とも考えたが、先生が職員室にいる時は、大抵用事のある時だ。邪魔になってしまうかもしれない、と思った。
まあ、ここにいないのならば仕方がない。
そう思い直すと、少し気落ちした心には気付かないふりで元来た廊下を歩く。
階段を下りると、自動販売機に寄って帰ろうとふと思いつく。そして方向を変えて暫く行った所で、ふと廊下の落し物に気付いたのだ。
近づいて、手に取ると、それはスマフォだった。
しかも、見覚えがある。そう、これはおそらく先生の、だと思う。
それを手にしたまま、今度は職員室へ足を向けた。
しかし、そこにも先生の姿はなく、人気の少ないそこに置いていくのも躊躇われた。
もしやここかなと望みをかけた中庭のブルーのベンチにも彼はいなくて、ため息をついて仕方なく腰かけると、手元のそれを見た。
右手に自分の(二つ折りの普通の携帯電話)
左手に先生の(薄くて画面の大きなスマートフォン)
この中に、俺が知りたいと思うような、先生の秘密が入っているんだろうか。
そういうものが、たくさん詰まっていたりするんだろうか。
だけれど、それを見ることはゆるされないってことぐらい解っている。
それに、友だちの多くはもうスマフォに代わっていたし、ロックがかかっているだろうこともなんとなく想像がついた。
指先で触れると、暗証番号を促す画面が現れる。
なんとなく、ほんとうになんとなくだけれど、ぽちぽちと文字を打ってみた。
「…!」
すうっとその画面が消えて、待ち受け画面が現れた。
信じられなくて、じっとその画面を注視する。
そのあたまのてっぺん辺りを、ぽん、と軽く叩かれた。
「こら」
「あっ…先生」
「拾ってくれたのは有難いが、勝手に見るのはよくねえだろい?」
「…ご、ごめん」
「…」
差し出したそれを、先生は無言で受け取ると、ぽちぽちと指で押して確認しているようだった。
「えっと…何も見て、ないから」
そんな言葉信じて貰えるだろうか、と思ったが、それをすとんと内ポケットにしまった先生は、ふっと笑った。
「解ってる」
「え…」
「大丈夫、おまえはそんな子じゃない」
「…」
そしてまた、ぽんぽんと手のひらが座っている頭に軽く触れた。
なんと言っていいか解らなくて、少し俯いたけれど、先生が歩き出したのに気付いて、慌てて立ち上がって追いかける。
並んで歩いて、ちらりとその顔を見みたけれど、いつも通りに見えた。
「先生」
「ん?」
「あのパスコードって…」
「ああ」
「…」
「…忘れないようにな」
そう言って笑った先生に、なんだかこちらが恥ずかしくなってしまって。
だけれど、自分の誕生日だったそれに何か意味はあるんだろうかと、ずっと考えていた。