あおいとり ことり〔13〕
先に起きてシャワーを浴びて食事の用意をした。
様子を見に戻って来ると、彼はまだすうすうと眠っていた。
ベッドに腰掛けると、その髪を撫でる。いつかもこのようなことをしたなと思う。
彼はそれでも少しも目覚める気配もなく、まだ少し幼さの見える顔で眠っていた。
以前より、少し幸せそうに見えるのは自分の願望だろうか。
それでも少し赤くなった目元に無理をさせたかなと思うと、申し訳なく思った。
目元に口付けると、彼が目覚めたようだった。
「……せんせい」
少し擦れた甘い声で自分を呼んだ彼が愛しい。
「どこか痛いところはあるか?」
そう問うと、彼が複雑そうに眉を寄せた。
「……腰、と、」
それ以上は言いにくそうにしたので、少し笑ってその髪を撫でた。
「ごめんな」
「謝ることなんて……!」
がばっと起きようとした彼がうっと呻いてまた寝具に沈んだ。
「ほら、無理するなよい」
その髪を撫でると、寂しそうに見上げてぺろりと布団の隣を捲って見せる。
少し笑って隣に入って横になると、彼がおずおずと擦り寄ってくる。
その肩を抱いて胸に抱き寄せると、少し恥ずかしそうに笑った。
なでなでとその髪を撫でると、彼がふっと首を傾げた。
「なあ、先生」
「ん?」
「……あの保健室に青い鳥のクリップあっただろ?」
「……ああ」
「あれって、あいつの恋人が保険医の先生にあげたんだって」
「そうなのか?」
「なんだろ、特に保険医の先生と何かあったとかじゃないと思うんだけど……あてつけであんなことしたって言ってた」
「ふうん」
「でももうしないって、よかった」
そう告げると彼が明るく笑った。
「そうか」
前髪を手のひらでさらりと撫でると、気持ち良さそうに目を細める。
「でもあいつ、嫉妬とか、そんなタイプじゃないのになぁ……」
「タイプとか……そういうので嫉妬するわけじゃねえさ」
「……?」
彼が不思議そうに見上げて来る。
「好きだから、そういうこともある」
「……そうなのか?」
「ああ」
「……先生も、嫉妬する?」
「どうかね」
そう答えてちゅ、と軽く口付けると、彼が面食らったような顔をした。
「……なにそれずるい」
「ずるくねえよい。おまえが可愛いのが悪い」
「は?可愛くねえし!」
「それは俺が決める」
はっきりと告げると、彼が困ったように眉を寄せた。
「なんだそれ……先生って思ったよりガキだな」
「お前に対しては、特にな」
「なんで」
「お前は特別だからな」
すると、彼がふっと息を飲んだ。
「……とくべつ」
それは俺に告げている風ではなく、口の中でつぶやくような声だった。
彼は少し考えているようだった。そして暫くして、ぽつりと呟いた。
「……特別って、家族みたいなの?」
家族という言葉に、彼が何かを思っているのは容易く知れる響きだった。丁寧に答える。
「そうだな……家族とはちょっと違うかもしれねえな」
「……じゃあ先生は、家族っている?」
「ああ、まあそれなりには」
「……それなりってなんだよ」
「もう大人だからねい」
ふっとオヤジが、仲間達が浮かんだ。
「まあ、家族はあったかくていいもんだとは思うけどよい。お前も弟がいるだろ?」
「うん、弟はすきだ」
そこは素直に頷いた。だけれど彼は、どこか泣きそうな顔をしていた。
「家族がいれば、あたたかいものなのかな……弟は大好きだしきっと特別だけど、彼らといても、俺はさみしい時がたくさんあったよ。でも、言えなかった」
「……エース」
彼の抱えて来たものは酷く重いだろう。それはどのくらいの辛さだろうか。
いままで話せる相手はおそらくいなかったのだろう。彼の声は細く切なかった。
出来る事ならば、べたべたに甘やかして全て支えてやりたいと思うほどに、彼を愛しいと思う。
「……俺は、ずっと傍にいるよい」
静かに、だけれどはっきりとそう告げると、彼がはっと目を見開いた。
「恋人だって……別れたら終わりなんじゃないの?」
少し声が震えていた。
「……まだ始まったばかりなのに、もう終わりの話をするのかよい?」
「……」
泣きそうな目をした彼の髪を、ゆっくりと撫でる。
どう伝えれば、彼に伝わるのだろう。
ただ愛しいということ。
彼を裏切らないで傍にいたいと願っているということ。
例え何も出来なくても、それでも。
「エース、お前の抱えて来た物は酷く重いだろう。それはお前にしか解らない。
だけどお前が望むなら、いくらでも渡してくれて構わない。辛ければ寄りかかればいい」
「……」
「全てはこれからだろい。俺は例え何も出来なくても……お前が望む限り、おまえの傍にいるよい」
「……せんせい、俺も傍にいたい……居てくれますか」
「勿論」
即答すると、彼が泣きそうな顔でくしゃりと笑った。
どちらからともなく触れ合って。
そしてゆっくりと、心に触れるみたいなくちづけをした。