あのドアをくぐれば




つるりと光沢を放つ、深い色をした木の床の上を早足で歩く。
校舎の中はシンとしていた。高校はもう冬休みだ。あとは、25日の終業式に出れば始業式までは来ることもない。
それは、部活をやっていない生徒全般のことであったし、去年までのエースの姿でもあった。


こつこつと音を立てて早足で歩く。
もうすぐ、国語準備室に着く。
エースは数ヶ月前から、古典研究会という部活に入っていた。
とは言っても部員は殆ど幽霊部員というやつで、活動しているのはエースひとりのみ。
活動と言っても、今は年明けにこの高校で行われる他校の教師が集まって行われる研究会の準備を手伝っている。
そして、二人きりなので、ひたすらその顧問の先生と雑談をする。それが目当てなのだ。
心が沸き立つ。あのドアをくぐれば、三日ぶりに先生に会える。
そのドアノブに手を掛けた。
「先生!」
がらりとドアを開けてそう呼ぶと、くるりと振り返った顔をふたつ。どきりとした。
一人は顧問の先生、もう一人は…知らない、女の人だ。
「ポートガス、いつもノックしろって言ってるだろい?」
「…スミマセン」
そう言って、ドアを閉めようとしたが、女性がふふっと笑って声を掛けてきた。
「あら、いいのよ。もう話は終わりだから。じゃあ、マルコよろしくね?」
そう告げると女性はマルコににっこりと笑い、そして俺にもにっこりと綺麗な笑顔を向けて、そして会釈をすると部屋から去っていった。入れ違いに室内へと踏み込む。
かたん、と静かな音を立ててドアが閉まると、室内はシン、と急に静寂に満ちた。
「…」
「…」
先生は何も言わず、机の煙草を取ると、火をつけて一吸いする。そしてふっと煙を吐いた。
先生とは何もない。解ってる。
ただちょっと、告白して、困った顔をされて、そしてほんとたまにだけど、キスをする。
慰めるみたいなキスがきっかけで、それから…たまに。
でもそれだけだ。
その沈黙を先にやぶったのは、やっぱりその無言に耐えられなかった俺の方だった。
「…先生、あの人だれ?」
「ああ、新任の先生だよい。ちょっと知り合いでねい」
「…そう、なのか」
「なかなか美人だろい?担当に当たるといいな」
「…ん」
「ポートガス」
「…」
「そんな顔するなよい」
「…じゃあ、キスして」
先生は少しびっくりした顔をしたけれど、煙草を消すとすうと近づいて、手のひらを頬に添えて、そっと触れるだけのキスをしてくれた。
そしてふっと笑う。
「悪い教師だねい」
「…いや」

そんなこと、ない。
もっともっとって、望んでいるのはきっと俺のほうだ、と思った。